2011年4月 7日 (木)

2011年  震災後の桜  Cherry blossoms after the earthquake

東北関東大震災から3週間余り、4月に入りまして一週間が過ぎました。

Today is 7th of April, and more than three weeks have passed since the Great Tohoku Earthquake,.



今年は 花冷えが厳しく、数日前から 日中の陽射しは ようやく春めいてはきましたものの、朝夕は 真冬並みの冷え込みが残ります。

The weather is unusually chilly even in Kyoto especially in morning and evening, as if we get back to the winter again.



被災者のかたがたの現状を思いますと、胸が痛みます。

Be that as it may, my heart bleeds for the situation of the afflicted people of this disaster.



桜の開花も遅れていましたが、今日は 我が家の近くの加茂川べりは、5、6分咲きといったところです。

Because of chilly weather, there is a delay for bloom and at the riverside of Kamogawa, my neighborhood, less than half of the cherry blossoms are in bloom.

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息子達は、生まれた時から毎年、この桜の風景を見て育ちました。

今年は なぜか、一人眺めながら、涙が出ました。

My two sons have grown up looking this cherry blossoms scenery every year.

This year, walking along the river looking the scenery, I can't withstand the line of tears.

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傾きかけた陽射しの中を、寄り添い歩かれる この ご年配のご夫婦の姿に、どうか この風景がいつまでも続きますように・・・・・息子達の未来も このご夫婦のように 穏やかでありますようにと、こみあげてくるものがありました。

In the shine of evening sun, the figure of an elderly couple that walked together.

I hope such beautiful sceneries last forever.

Forever and ever.

I hope that my sons future might be filled with peace and love as this couple.



1ヶ月前に、ゆかしメディアの記事にも書きましたように http://media.yucasee.jp/posts/index/6924  、私の原風景であります ゛哲学の小径゛にも、立ち寄ってみました。

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例年でしたら ラッシュアワーのような人混みですが、夕方というせいもありましてか、さほどでもなく、ゆっくりと花々を見上げながら 歩くことができました。

I also visited "Tetsugaku no Michi" , my nostalgic place, where I had lived for a few years in my infancy.

I walked slowly and look up at the flowers.



日が経つにつれ、この度の大震災の、途方もない被害の大きさを ひしひしと感じています。

As it was evening and also because of the disaster, there were not so many people.

Recently I re-realize the enormous damage and influence of this disaster.

以前、ある政治学者のかたの講演で、それは 1995年の神戸の大震災直後でしたが、

Just after the Kobe earthquake, 1995、I heard the presentation of a famous political scientist.

He said as following.



「日本人は、復興の能力に長けているのです。 かつて、大正12年(1923年)の関東大震災の時、現地入りした欧州の新聞記者が、゛震災からまだ1ヶ月も経っていないのに、すでにあちらこちらから、家を建てる高らかな槌音や、歌声が聞こえてくる。 日本人とは、なんと明るく勤勉なのだろう。 これが我が国だったら、当分の間、天を仰ぎ、神は何故このような試練を与えたもうたかと、嘆き悲しむばかりだろう゛ と、記事に書いているのです。」

と、お話ししはりましたことが、印象に残っています。

"Japanese are very patient and never surrender to the difficulties and recover from the bottom as if it is nothing.

After the Great Kanto Earthquake, a European journalists were surprised, looking people who had already begun to work to rebuild their houses.

The hammering sounds and humming song were heard here and there, though one month had not passed after the disaster.

They was surprised at the brightness and industriousness of Japanese people . If such calamities attack our countries, they would, for the duration, do nothing and just grieve saying "Why God has given such a test"



私も、これまでは そう思っていました。

This story was quite impressive for me, and I also thought so.



今回も、これほどの大きく悲しい被害であっても、震災と津波だけでしたら、きっと もっと早く立ち直り、復興に向けて 皆が協力し合い、既に前進を始めていることと思います。

But this time, things are not same.

If the troubles were just the earthquake and the tsunami, I think, people could stand up for revival more quickly.



けれども、原発事故という、どうしようも無い出来事、しかもまだ 進行中の状態ですので、明るい気持ちになれません。

But the atomic reactor accident has made things worst.

That is still in progress with no exit.

We can't see any light yet.



震災・津波は、天災です。誰も悪くはありません。(天罰とおっしゃった政治家もありますが・・・)

Earthquake and Tsunami are disasters.

We can blame for no one.



しかし、原発事故は 人災です。

But the nuclear accident was man-made.



そのために、日本は すでに、世界から同情される被害者では無く、世界、いえ、地球という惑星全体の環境を、しかも この先何年、何十年、もしかすると 何百年にもわたり、壊してしまう加害者になりつつあるのです。 

Japan is no longer a victim who deserves sympathy of the world, but a assailant who destroy the environment of the whole earth for many years.




これからを担う 若い人達や、子ども達の未来のために、私達は 一体 何をなすべきなのでしょうか・・・・・

According to the news of the foreign media, they have underestimated and forged various data so that uproars do not become big. Just for their self-protection.



無力感に ただただ泣けてきます・・・・・

Nothing for me!

In a feeling of ineffectualness, I cannot help tears.



今日は、長男の 大学院入学式でした。

Today my eldest son attended his entrance ceremony of the graduate school.



泣いてばかりはいられません。

He made a new start.

So I must take heart and show courage.



非力でも、何か できることを考えましょう。

I would try to think what I can do although I am powerless.

http://2620.blog68.fc2.com/blog-entry-34.html



(追記)

この日記をアップしました直後に、また大きな余震の報道がありました。

広い範囲で停電もしているとのこと。

仙台在住の知人も、震災以来 自らも被害を受けながら、周囲の人々のために奔走していはります。

何かお力になりたいと思うばかりで、何もできずに無力感を感じています。

せめて、早く支援物資をお送りしなければと、気がせいています。

取り急ぎ、他と重複しませんよう、紙おむつとビタミンドリンクをお送りすることにしました。


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2011年3月21日 (月)

Cheer TOHOKU Project ♪

3月11日に発生しました東北関東大震災と、それにより派生しました津波や原発事故など、大変な災害の中、今この瞬間にも 苦しい思いをなさっている多くのかたがたがいはりますことを考えますと、胸がつぶれそうに痛みます。

「Cheer TOHOKU Project」は、息子の友人が始めました。

http://twitpic.com/photos/CheerTOHOKU

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今、緊急に必要なものは、物資や支援金でしょう。

このようなことをして何になる、という声もあるかもしれません。

けれども、そい言う人に限って、他にも何もしていないことが多いように思います。

そういう人は、「原発が無ければ、日本の経済は成り立たない。」と、思考停止をして 、無策のまま、利権に目をつぶってきたタイプの人達に多いように思います。

何もしないよりは、すぐに動くという この気持ちが大切。気持ちが繋がっていると感じることができれば、希望が生まれます。

世界中に この輪が広がっています。

そうそう、YOUTubeで、このようなサイトを見つけました。

http://www.youtube.com/watch?v=4bDtrdHhPRU

政府が、もっと しっかりしてください。

仙石氏や辻本女史は、過去の自衛隊に対する扱いを謝罪し、伏してお願いしてください。

支援準備を整え待機している米軍には、頭を下げて、協力要請してください。

もし、この方達のご家族や友人が 被災地に取り残されていましても、今と同じ言動を続けられるでしょうか。

情報は、正しく開示してください。

優先順位をよく考えてください。

私達の年齢のものは もういいかもしれませんが、子ども達の未来に 責任を持つべきだと思います。

若い世代は、頑張っています。

目先の利権のために、若い人達の希望を、未来を 断たないでください。



(追記)

日本赤十字社への寄付は、すぐには活用されず、全額が使われるわけでも無いとのことですので、すぐに現場で お役にたてる方法はないかと探しました。

京都市は、市長さんが 舞妓さんを大勢連れて、募金活動していはりましたが、現時点では 救援物資の募集はしてはりません。

京都には、フットワークの軽いNPOもたくさんありますから、その募金が、即、有効に使われることを願います。

京都JCが、メンバーのトラックで 直接 物資を届けてくださると聞き、使い捨てカイロ、おむつ、歯ブラシ、衣類などを お届けしました。

多くの避難民のかたがたにとりましては、微々たるものではありますが、継続することが大切かと思います。



(追記)

「心のともしび」のマクドナル神父様や、主人の職場のかたがたも、Cheer TOHOKU Project に参加してくださっています。

ありがとうございます。

また、事務長様の 小さなお子様から、「教会へ」と お小遣いの寄付をいただきました。

ありがとうございます。

京都のカトリック教会からは、仙台の教会へ 直接お届けされるそうです。

その御礼のカードを、マクドナル神父様が書いてくださいました。

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ありがとうございます。


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