「吉田ソース」の 吉田潤喜社長
アメリカでは、全国どのスーパーにも たいてい置いてあります最もポピュラーなバーベキューソースが、「吉田ソース」なのだそうです。
37年前、当時19才の 吉田潤喜氏は、大学受験に失敗し、傷心のうちに 生まれ故郷の京都を離れ、アメリカに旅立たはったのだそうです。
全く英語もできず、今思いましたら、無謀この上ないのですが、空手の心得があり、何年か後には 自分の空手道場を持てるほどにならはりました。
けれども、経営には まるで無頓着でしたため、経済状態は一向に良くならず ・・・。その中でも、やがて結婚し、お子さんにも恵まれはりました。
ところが、長女が難病にかかり、入院治療を受ける必要が生じましたものの、アメリカは 日本のように 健康保険制度がありませんので、治療費は高額で、とても 吉田氏に 支払えます額ではありませんでした。
けれども、ボランティアの寄付のおかげで、病院からの請求額は、ごくわずかなものとなり、長女も 無事 完治なさったそうです。
アメリカでは、壮絶な人種差別も経験したとおっしゃいます吉田氏ですが、一方、このように 貧しいアジア人のために 救いの手を差し伸べてくれるのもアメリカだと、その時に思われたそうです。
そして、それに恩返ししますためには、自分が裕福になるしかないと、決意されたのだそうです。
今では、「アメリカで最も優良な中小企業」にも選ばれます程の成長を遂げました「吉田ソース」ですが、子供病院のために 毎年 多額の寄付をしてはります。
その 吉田社長が、先日 ひょんなことから会社のオフィスを訪ねてくれはりました。
写真は、後日お届けいただきました 「吉田ソースのバーベキューソース」です。
ニコニコと快活で、よくお喋りしはります吉田社長を拝見していますと、どんな困難にもくじけず、不運な環境に遭いましても 絶対に負けない強さを持って生きてきはりました ご苦労は 微塵も感じられない程ですが、「日本では、出る杭は打たれる。アメリカでは、出ない杭は腐る。」と 豪快に笑ってはりましたのが、印象的でした。
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